震災生活

地震により、妻は帰省、水もガスもなく、余震も続くため、しばらくは軽自動車の車中泊生活。
後部座席を取って、通常よりはリクライニング出来るようにはなったけど、それでもなかなか厳しい睡眠姿勢

時期が良かったので暑くも寒くもなかったのが唯一の救いか

しかし、仕事もしながら、夜休めないのはさすがな辛いため、3日程で家で寝るようにしました。
もしもの時のためベッドではなくベッドに隠れた三角地帯で物が落ちてきても直撃しない場所で。

足を伸ばして水平に寝れるだけでかなり幸せをかんじましたが、恐怖もそこそこありました。

まず、震災生活で、電気は比較的早く復旧し、ガスもキャンプ用と、家庭用のカセットコンロがあったため、お湯程度は沸かせましたが、水がない!

県外の友人から頂いた水タンクと、地域の配給で配られたペットボトルの水のみ。

飲める水で洗い物やトイレに使うのはもったいないので、生活用水確保のため雨樋の縦樋の割れてた部分にビニールを差込み、バケツや空の衣装ケースに雨水を溜めて溜まったものを浴槽に移して保管、トイレ等に使い、ある程度濾過してカセットコンロで沸かして体を洗ったりと、もう少しで雨水を飲み水にしなけらばと本気で考えましたが、そこまではやらずに済みました、


各地から届けられた物資は村の体育館に集められ、そこから更に各地域に分配し、地域で各家庭に振り分けるという流れ。

地域のに配られた物資も仕事中で取りに行けなかったが、優しいお隣さんが確保してくれていて玄関前に置いていてくれました。
しばらくすると、物資は各自で村の体育館に取りに行くことになり、しかも配給時間は13~17時
仕事してると取りには行けないんですけどね。

その頃は初期に頂いたカップラーメンとインスタント生活。
食べるものが残っていて助かりました。

同じ頃、中学校で自衛隊がお風呂を作ってくれているとの情報を仕入れ、鍋のお湯で身体を洗う生活は終了。
広いお風呂にゆっくり入れる用になりました。

そんなこんなで、サバイバル生活って感じにもならず、地域の方や、自衛隊には大変お世話になりました、

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